スイス航空に共同運航で乗務した時、国民性の違いがサービスに反映されるということに気がついた。スイスはゲルマン系、フランス系、イタリア系に大きく分かれる。ふと見ると、ギャレーでいつもゴミの分別を熱心にしているのはドイツ系の乗務員、のんびりクルーシート(ドアの近くでお客様に対峙するようになっている乗務員の座席)に座ってリラックスしているフランス系、キャビンにいつも出ていて、お客様と楽しく会話をはずませているのがイタリア系だった。
バンコクから東京へ帰る便だった。登場開始後、機内でお客様を迎えていた私は、ひとり挙動不審の外国人に気がついた。落ち着きがなく、鼻息が荒く、金髪の髪の毛も荒れ放題な、その男性は、自分の座席に着席しても、また立ってうろうろする。シートベルトサインが点灯しいざ離陸という時になって、突然、機内後部のトイレに走っていった。「Sir, we will be taking off shortly. Could you go back to your seat?」と私はロックされているラバトリーのドアを必死にノックしたが応答なし。何度も訴えた後、本当にぎりぎりセーフでトイレから出てきて自分の席に戻ってくれた。
しかし!!である。離陸後、お食事のサービスの前に、私はこの男性の入っていたトイレをチェックした。扉を開けた途端、目に入ったのは鏡をしたたる黄色っぽい液体。そしてアンモニア臭。この男性はトイレの壁と床全体にそれを振りかけていたのである。ジュニアのSS(スチュワーデス)だった私はAP(アシスタント・パーサー)に報告し、早速掃除に取り掛かった。
それからミールサービス。どことなく、私の報告を受けた他の乗務員は、そのお客様を怪しい目で見ていたのかもしれない。そういう視線を感じたのか、その男性も緊張した面持ちだった。私が担当するエリアに座っていたその男性がそれ以上事件を起こさないことを祈りつつ、できる限り普通に、そして笑顔で接した。着陸の前、書類を配布したが、それを記入するのも、なぜか困った様子だったので、お手伝いした。お客様は米国国籍だった。最後には私を信頼してくれたのか、安心した表情を見せた。「よかったあ、、」乗客全員が降機した後、本当に何もなくて幸いという思いで一杯だった。ただの飛行機恐怖症だったのか、、、?
ファーストクラスの担当となった。乗客の名簿を確認したらそのなかに「De La Renta, Oscar」 を発見した。チーフも先輩も特記事項として何もおっしゃらなかったので誰も気がついていなかった。そうそれは、かの有名なドミニカ出身でスペイン、フランス、ニューヨークで活躍するデザイナー、オスカー・ドゥラレンタ氏と奥様だった。自分だけ, 知っていることが心の中でわくわくした。著名人が乗ると、ミーハーな行動は絶対に控えるように言われる。しかしこのときばかり、私はこっそりサインをいただいた。
マイク・タイソン氏が全盛期のとき、最初の奥様と乗られたことがあった。通りがかった私に「このビデオ、機内で流していいよ」とおっしゃって、(おそらく何かのタイトルマッチのビデオを)手渡すので、わーーー!ウキウキしつつもパーサーにそのことを伝えると、さめた表情でビデオを受け取り「わかりました」と一言。それを機内で上映することはできないし、きっとタイソン氏にやんわりと断りにいったのだろう。
エコノミークラスに農協の団体客が乗られた時のこと。食後のコーヒー・紅茶のサービスで、私が通路をキャビン(客室)の後ろに向かって、「紅茶はいかがでしょうか」と歩いていると、向こうの方からこんな声がした。「お父ちゃん、たくあん持ってきたよ。よかったねえ」と、横のご主人をつついて喜んでいる年配の女性客。私のいた航空会社では紅茶のサービス時、スチュワーデスはトレイにレモンのスライスも一緒に載せて、サービスしていた。「レモン」が「たくあん」でなくて申し訳なかったけれど、海外旅行の帰りで、よほど日本食に飢えていらしたのでしょう。
昨今は全航空会社で禁煙が当たり前となっていますが、かつてエコノミークラスにまだ喫煙席を設けていたことがありました。最後部の2つの座席のみです。そこに「着席して喫煙」することが条件でした。ある男性客が来て、座席があいにく2つともふさがっていたために、その近くに立ったままライターに火をつけ煙草を吸いはじめてしまったのです。ある別のお客様(男性)がそれを注意したところ、立ち煙草の男性は急に怒り出し、怒鳴り声を上げていました。
それを聞いて、私はすっとんでキャビン後部に行き、一部始終の展開の詳細の説明を聞き、立ち煙草の男性客をどうにかなだめたのです。まだ私はジュニアの頃でしたが、どうにか喧嘩を鎮めなければ、と心のなかで必死でした。とにかく丁寧に、スモーカーに不自由を強いていることを立ち煙草のお客様に謝り続け、それでお引取りいただくことができました。手足が震えるほど怖かったのですが、それをなだめて下さったのは、注意した方の男性客でした。「いやー、参りましたよ。私は柔道XX段なんで、本当に喧嘩すれば必ず相手をやり込められるのを知っているだけに、絶対手は出すまいと思ったんです。」。。。スチュワーデスはただ華やかだけではいけません。時に冷静に事態を収拾する能力も必要とされています。
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